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火薬事件(かやくじけん、英: Gunpowder Incident)は、アメリカ独立戦争の最初期にバージニア植民地総督ダンモア卿ジョン・マーレイと、愛国者を率いるパトリック・ヘンリーの民兵隊との間の紛争である。1775年4月20日、この日はアメリカ独立戦争の開戦を告げたレキシントン・コンコードの戦いの1日後だったが、まだバージニアにまでその報せは届いていなかった。ダンモア卿はウィリアムズバーグの火薬庫からイギリス海軍の艦船に火薬を移すよう命じた。 ダンモアのこの動きは土地の政情不安に火をつけ、民兵隊が植民地中に集結し始めた。パトリック・ヘンリーが民兵の小部隊を率いてウィリアムズバーグに向かい、火薬を戻させて植民地の管轄下に置こうとした。この事件はヘンリーに330ポンドが支払われ、武力衝突なしに解決された。ダンモアは自分の安全が脅かされていると感じ取り、イギリス海軍の艦船に逃亡したので、イギリスによるバージニア植民地の支配が終わった。
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