Skip to content
日本語
EntityQ3072011· pop 11· linked from 143 articles

ロザリーン・ノートン

Sign in to save

オーストラリアの芸術家 (1917-1979)

Wikidata facts

Instance of
human
Family name
Norton
Gender
female
Citizenship
New Zealand
Place of birth
Dunedin
Place of death
Darlinghurst
Languages spoken
English language
Field of work
erotic art
Image
Rosaleen Norton 1943 SLNSW.jpg
Show 6 more facts
cause of death
Colorectal cancer
date of birth
1917-10-02
date of death
1979-12-05
manner of death
natural causes
sexual orientation
bisexuality
Commons category
Rosaleen Norton
Sources (2)

via Wikidata · CC0

Article · 日本語

ロザリーン・ミリアム・ノートン(Rosaleen Miriam "Roie" Norton, 1917年10月2日 – 1979年12月5日)は、オーストラリアの芸術家、オカルティスト。ソーン(Thorn、棘の意)名義で作品を残した。汎神論的または復興異教主義的魔女術の儀式を行い、牧羊神パーンを信奉した。後半生はシドニーにあるボヘミアンのたまり場、キングス・クロスで暮らした。そのため、いつしか彼女はタブロイド紙などで「キングス・クロスの魔女」と呼ばれるようになり、ロザリーン自身もそこで「カヴン(魔女の集会の意)」を主宰した。 ノートンの描いた絵は、イギリスのオカルト芸術家、オースティン・オスマン・スペアと比較されたこともあるが、異教の神々やデーモンといった超自然的な存在が描かれたものが多く、時にはそれらが性的な行為をする姿が表現された。そのため、オーストラリアが社会的にも政治的にも保守化した1940年代と1950年代に、一大論争を巻き起こした。当時はキリスト教が支配的な信仰であって、ちょうど、政府が検閲を厳しくしようとしていたときだった。このため、警察はロザリーンの作品を手荒に取り扱い、展覧会から作品を取り除いたり、作品が載っている本を押収したりした。また、ことあるごとにロザリーンを公然猥褻のかどで起訴しようとした。 のちに彼女の伝記を書いたネヴィル・ドルーリーは、「ノートンの密儀的信仰、世界秩序観、視覚芸術はすべて密接に絡み合っている。そしてそれらは、魔術的世界に対するユニークなアプローチの反映なのだ」と書いた。 彼女は「魔術の夜の側面」に影響を受け、闇を強調し、クリフォトの研究をするとともに、イングランドのオカルティスト、アレイスター・クロウリーの著作から学び取った性の秘儀を行った。

Abstract from DBpedia / Wikipedia · CC BY-SA

Available in 10 languages

via Wikidata sitelinks · CC0