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ラプタ
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Also known as The Last Marketplace of Azania, Last Marketplace of Azania, Rapta

Rhapta () was an emporion said to be on the coast of Southeast Africa, first described in the 1st century CE. Its location has not been firmly identified, although there are a number of plausible candidate sites. The ancient Periplus of the Erythraean Sea described Rhapta as "the last emporion of Azania", two days' travel south of the Menouthias islands (Chapter 16). The Periplus also states that the city and port were ruled by South Arabian vassals of the Himyarite kingdom, particularly a certain "Mapharitic chieftain."

Wikidata facts

Instance of
market
Location
East Africa
Image
Periplous of the Erythraean Sea.svg
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Sources (4)

via Wikidata · CC0

Article · 日本語

ラプタ(古代ギリシア語: Ράπτα、英: Rhapta)は、紀元1世紀以降に繁栄した東南アフリカの交易地。正確な位置は判明していないが、いくつかの場所に比定されている。 『エリュトゥラー海案内記』第16節に、「から]岸沿いの南へ二日の航程の後にの最後の取引地があり、ラプタと呼ばれ」ている、と書かれている。 クラウディオス・プトレマイオスが『ゲオグラフィア』の中で引用するテュロスのマリノスによれば、インドとの交易に携わっていたディオゲネスという商人が、インドへ向かういつもの航路から北風で流され、アフリカ沿岸を25日間南方に航海してラプタの岬の少し北にあたる場所にたどり着いた(その場所はナイル川の水源をなす湖沼地帯である。)という。ラプタは同名の川(ラプトス)がインド洋に流れ込む場所にあり、メヌーティアス島の対岸にあった。ディオゲネスはさらに、ラプタ川の源流は月の山脈の近く、ナイル川の源流があるといわれる湿地帯の近くにあるとも報告した。 一方で、現在のイエメンに相当するからアザニアやラプタへの航海に従事する商人らによると、ラプトン岬の近くにインド洋に流れ込むラプトス川と海から少し離れたところにラプタとがあるという。つまり、ラプタが内陸の邑であるという。商人らはこの地をバルバリア(蛮地)という固有名詞で呼び習わし、そこには象が非常に多いとした。プトレマイオスはラプタの位置をメヌゥティアス島より緯度が5°30’北の場所にあると推定した。によるとΡάπταは「編んだ舟」の意であり、Ράπταという地名は現地の住人が編んだ舟を用いていたことからつけられたとされるが、他に現地音に基づいてつけられたとする説もあるという。 6世紀のコスマス・インディコプレウステースもラプタに言及している。

Abstract from DBpedia / Wikipedia · CC BY-SA

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