Skip to content
EntityQ2425991· pop 26· linked from 238 articles

ショヒド・ミナール

Sign in to save

Monument to the deaths incurred in the Bangladesh for Language Movement in 1952

Wikidata facts

Instance of
memorial
Country
Bangladesh
Located in
Dhaka
Image
Central Shahid Minar Dhaka University.jpg
Height
14
Show 5 more facts
Commons category
Shaheed Minar
end time
1952-02-22
start time
1952-02-21
architectural style
modern architecture
Sources (1)

via Wikidata · CC0

Article · 日本語

ショヒド・ミナール(ベンガル語: শহীদ মিনার、ラテン文字転写: Shohid Minar)は、バングラデシュの首都ダッカにある国定記念碑。1952年に起こったベンガル言語運動の犠牲者を追悼する目的で建設された。 1952年2月21日、母語であるベンガル語の対等な社会的地位を要求したベンガル人の抗議者へ、パキスタンの警察隊が発砲し、多くの学生と政治活動家達が殺害された。この虐殺は、ダッカにあると (Ramna Park) の近隣で起こった。同年2月23日に、一時的な記念碑がダッカ大学と別の教育機関によって建設されたが、そのすぐ後の2月26日に記念碑はパキスタンの警察により取り壊された。 言語運動は勢いがつき、長期に渡る争いの後、ベンガル語はウルドゥー語と対等の地位を獲得した。運動で死亡した人々を追悼するために、バングラデシュの彫刻家によってショヒド・ミナールがデザイン及び建設された。記念碑は1971年のバングラデシュ独立戦争が起こるまで建っていた。この戦争でパキスタン軍が実行し、結果として5万人の市民の命が奪われたと推定される大量虐殺、が行われていた中で完全に破壊されてしまった。バングラデシュの独立後、記念碑は再建された。 現在、ショヒド・ミナールはダッカに於いて文化的な活動の中心地となっている。毎年、この記念碑で言語運動の慰霊祭が行われる。

Abstract from DBpedia / Wikipedia · CC BY-SA

On the map