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ロストラ
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ロストラ

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Also known as rostrum

古代ローマの演壇

In the Vinony graph

Vinony's link graph records 131 inbound references to ロストラ, and connects out to Sulla, Roman Forum and Rome.

The entry is geolocated on the map in landmark_region, across 3 mapped points.

Vinony files it under Buildings and structures completed in the 1st century BC, Campitelli and Roman Forum.

Vinony links it to 30 Wikipedia language editions.

Wikidata facts

Country
Italy
Located in
Rome
Image
Rostra foro romano.JPG
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Commons category
Rostra (Rome)
Sources (2)

via Wikidata · CC0

Article · 日本語

ロストラ(Rostra)は共和政ローマからローマ帝国の時代にローマ市内に建っていた大きな演壇である。ロストラに立った演説者はの北側、元老院の議事堂に向かい、その間に集まった聴衆に向かってしゃべる。suggestus または tribunal とも呼ばれ、王政ローマ時代にまで遡る最初のロストラは Volcanal の異名を持つ。 ロストラとは戦艦の船首(船嘴)の意で、紀元前338年アンティウムでの戦いで勝利した際に6個のロストラを戦利品としてローマに持ち帰り、演壇の側面に設置したのが名前の由来である。もともとはフォルム・ロマヌムのにある構造物を指す言葉で、通常は元老院の議事堂(クリア)と対応付けられている。ローマ帝国時代になると他にも「ロストラ」と呼ばれる演壇ができたため、それらと区別すべく「ロストラ・ウェテラ」(Rostra Vetera、古いロストラ)と呼ばれるようになった。他のロストラは建設者の名やそれを捧げられた人の名を冠して呼ばれる。 政務官、政治家、代弁者などの演説者がこの一段高い演壇に立ち、ローマ中から集まった人々の前で演説を行った。アウグルが templum として神聖化した最初のロストラは紀元前6世紀には建てられた。このロストラは何度か建て替えられて大型化していったが、数世紀の間同じ場所にずっと存在していた。 共和政末期、ユリウス・カエサルはフォルムとコミティウムの配置を変更し、元老院議事堂の場所も移した。彼はを解体した際にロストラをコミティウムの外に移した。これによって議事堂がフォルム全体に占めていた統率的位置を剥奪し、その最後の修復中にロストラと極めて近い位置になるようにした。彼の甥で最初のローマ皇帝となったアウグストゥスはカエサルの始めたこのプロジェクトを完成させ、ロストラを拡張した。これをロストラ・アウグスティ (Rostra Augusti) と呼ぶ。今日フォルムの発掘で出土したものは、セプティミウス・セウェルスの凱旋門の近くにあり、長年の使用により何度も修復と拡張を加えた跡がある。修復の際に何度か新たな名誉の名称を付けられたが、学者や考古学者やイタリア政府はこの祭壇が「ロストラ・アウグスティ」であり、その中に「ロストラ・ウェテラ」があるとしている。 rostrum という言葉は演説用の演壇を意味するが、これはロストラが語源である。ただし演説者は rostrum の場合はその前に立ち、rostra の場合はその上に立つ。rostra はローマ市内にも国全体にも多数存在したが、Rostra はただ1つの特定の構造物を指す。

Abstract from DBpedia / Wikipedia · CC BY-SA

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