Also known as Martyrs of Agaunum
group of Egyptian saints
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テーベ軍団(てーべぐんだん、テーバイ人(びと)軍団とも; 英:Theban Legion ; 独 : Thebäische Legion/ Thebaische Legion)は中世ヨーロッパにおいて、「スイスを中心に広く尊信された殉教者の大集団」。この大規模の殉教は5世紀 リヨンのエウケリウスが『アガウヌム殉教記』に記し、中世盛期に英独仏伊の皇帝・王侯に仕えたティルベリのゲルウァシウス(1152年頃-1220年以後)が神聖ローマ皇帝 オットー4世に献呈した奇譚集『皇帝の閑暇』(Gervasii Tilberiensis: Otia Imperialia ad Ottonem IV Imperatorem; 1209年-1214年執筆)や中世ヨーロッパのベストセラー『黄金伝説』においても取り上げられている。 「皇帝マクシミアヌスがガリアの叛乱に対処すべく動員した軍隊の中に、エジプトで徴募された、キリスト教徒だけからなる軍団、通称テーベ軍団があったということであります。全軍レマン湖畔に集結して勝利祈願の儀式を挙行した時、この軍団だけは異教の祭儀への参加を拒否してアガウヌムに退去し、ために全軍の襲撃を受けて全滅します。」この伝説を不動のものにした5世紀の『アガウヌム殉教記』には、殉教者数を6600とし、「マウリキウス、エクスペルス、カンディドゥス、ヴィクトル以外には我らには名も伝わらないが、・・・ウルススとヴィクトルのみ逃れて、後日ソルールで殉教した」と記されている。殉教の地に建てられた町が現在のサン=モーリス市(スイス、レマン湖に注ぐローヌ川沿いにある)、軍団の最高指揮官マウリティウスの墓地近くに建造されたのが現在も活動しているサン=モーリス大修道院である。テーベ軍団の信仰は各地に広がり、辛うじて難を逃れた兵士がこの地に伝道、この地で殉教したとする伝説を生んだ。その結果、「かつて軍団に兵籍をもっていたことになっている聖者の数はスイスで約300、ドイツで1000を越え、イタリアではそれこそ数えきれない。」なお、中世ドイツでマウリティウス(モーリッツ)を名乗る男児が多かったのは、この聖者にあやかったからである。ドイツではほかにケルン市の守護聖人の一人聖ゲレオン(シュテファン・ロッホナー描くケルン大聖堂の「三王祭壇画」の右翼面)やクサンテン市と大聖堂の守護聖人、聖ヴィクトルなどが特に知られている。
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Discovered by embedding cosine similarity (sentence-transformers MiniLM, 384-dim).